理由はいつも「なんとなく」だ。

例えば断る理由を根掘り葉掘りしつこく聞いてくる人がいる。
エセ秀才に多い気がする)
こういう人は嫌いだ。
断る理由なんて、「なんとなく嫌だから」に決まっているではないか。
気乗りしない理由なんて、「なんとなく嫌だから」に決まっているではないか。
それ以上でもそれ以下でもない。
この世界が何でもかんでも論理で動いていると思ったら大きな間違いだ。
この世界が何でもかんでも論理で片付くと思ったら大きな間違いだ。
この世界は常に感情で動いている。
人は感情で文明を作り、感情で戦争をしてきた。
人は何となく好きになり、何となく嫌いになるわがままな生き物だといい加減気づいた方が良い。
論理なんて使える場面の方が少ない。
正解の用意された学校のテストくらいだ。
その他の世界では基本、感情で動いている。
だからこそ「明らかな不均衡」が成り立つ。
99個嫌いなところがあっても1個好きなところがあれば人は人を愛す。
これが人間だ。
99個好きなところがあっても1個嫌いなところがあれば愛は冷める。
これも人間だ。
人間の世界に、本当は論理も均衡もありはしない。
それを選ぶ理由なんて知らない。
それでなければならない理由なんて知らない。
理由などありはしないのだから。

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