人生やり直したい

「もう色々とやり直したいです(笑)」
そうこぼすのはまだ19歳の専門学生(看護)。
 
彼女は現役で目標の専門学校に入り、夢に向かって日々進んでいる。
連日のテストで忙しい日もあるみたいだけど、それは目標の職業に就くための試練。
 
それはあの子も分かっているだろう。
 
高校以降の受験(大学、資格)にことごとく大失敗した私からすれば、
彼女は順調に人生を歩み、夢を手にする既定路線に乗っている。
あー羨ましい(´・ω・`)
そんなリア充から、「人生をやり直したい」とは何事か。
目標を叶えつつある、しかもまだ19歳。何でもできるじゃない。
例えば3か月もあればメールマーケティングの基礎は身に付くし、
1年もあればそれなりに稼ぐ仕組みも完成する。
そこからさらに実践していけば3年も待たずに自由な人生・・・
ってそんな話じゃないか(笑)
まぁ、順調な人でも「あの時ああしていれば・・・こうしていれば・・・」
そう思うこともあるよね(´・ω・`)
私も突き詰めれば、「もうDNAの設計事やり直したいんですけど!」
と神にクレームを入れたいくらい。

「人生をやり直したい」
こう考えることそれ自体は否定しない。
過去を反省するのも悪くない。生まれを呪うのも悪くない。
ただ、この手の話って大抵は愚痴とため息で終わるから好きじゃない。
何にも生まれないから。

【ゲームは制限があるから楽しいんでない?】

 
生をゲームにたとえるなら、制限があるからこそ、
「面白い・楽しい」となる。
(敵に見つかってはいけない「メタルギアソリッド」なんて良い例だ)
最初から武器も能力も全てカンスト状態なら、楽しさは一瞬で過ぎ去ってしまうだろう。
制限の中でとりあえずできることをやって、できることを増やしていく。
そうすればいつの間にか、できることが増えている。
するとちょっとだけ、「もう少しやってみるか」となる。
制限は一見邪魔に見えて、
実は物事を楽しむために必要な要素なのかもしれないね。

【弓道の型は8個】

限の中で工夫して表現する」
これって弓道部時代にどこかの有り難いおっさんが言っていたこと。
誰がやっても同じ型の中で、いかに表現するか。
それを考え続けるのだと。

【人生タイムマシン説】

 
イムマシン(2002年)という映画は、
主人公が死ぬ運命にある恋人を救おうと
何度も過去に遡っては救おうとあの手この手を考えるが、
結局恋人があの手この手で死んでしまうというドタバタラブコメディ。
挙句設定をミスって何万年後も先の未来に行ってしまうというトンデモ展開。
まぁこの映画の後半の展開はどうでもいいとして、
私はこの「過去を変えようとしても結局は同じ運命を辿ること」に
1つの真理を見出した(気がする)。
「過去を変えたい」「人生をやり直したい」
そうどんなに強く願って実際にその機会が訪れたとしても、
結局はその人が「今」歩んでいる人生に着地するようになっている。
なんじゃないかなと。
【またまた制限の話】
きな名言。

“Life isn’t about waiting for the storm to pass.
「人生とは嵐が通り過ぎるのを待つものではない」

It’s about learning to dance in the rain.”
「その雨の中でいかに踊るかを学ぶのが人生だ」

ちょっと意訳しましたが、私はこんな感じで考えています。
順風満帆な人はいません(多分)。
順風満帆に見えて、みーんな多少なりとも制限を抱えています。
でもその制限が消えるのを待っていたら、あっという間にに終わってしまう。
だからこそ、その制限の中でいかに踊るかを考えた方が、
その後の展開も変わってくるのでは?という話。

【そうは言ってもかなり恵まれてますけどね。私たち】

ットは使える(時代の最先端を活かして稼ぎ放題)、
日本に住んでる(たまにミサイル飛んでくるけど笑)、
地政学的にそこそこ美味しい位置(たまにミサイル飛んでくるけど笑)。
これだけでかなり優位な地点からスタートしていると私は思うのです。
日本に生まれた時点で「強くてニューゲーム」
としてしまっても良いのではと思うくらい。
まぁたまに、核を搭載しているかもしれない
長距離弾道ミサイルが飛んでくるのはご愛嬌として、
それ以外では本当に、個人レベルでは何でもできる国ですよ。
「アメリカンドリームを叶えたければ日本に行け!」
なんてジョークもありますからね(あれ、あったよね?)。
だからそんなに悲観することはない。
楽しもう。人生は多分思ったよりも短い。
 
 

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