やりたくない事をやり続けると病気になる


100%アグリー(agree)。
やりたくないことを嫌々やっている時間は寿命にカウントできない。
「ストレスとどう向き合うか」みたいな記事や本は多いけど、そもそもストレスに向き合ってはいけないしストレスが常態の環境にいることがそもそもの間違い。
なんかこう、「サラリーマン人生をどう生きるか」、とか「ストレスとどう付き合うか」、とかこの辺の話題って「どうしよもなく不本意な人生をどうやってやり過ごすか?」という話にしか聞こえない。
つまり「いかにして現実逃避するか?」って感じのまったく意味のないライフハック(生活の知恵)にしか見えない。
そんなに嫌なら逃げればいいし、まずもって本意でない時間を過ごすのがそもそも損だと思うんだけど。
で、こうやって「逃げればいいじゃん」って言うと「でも生活が」「でもお金が」「でも家庭が」「でもタイミングが」と反対材料をマッハの速度で出してくる人がいるけど、そういう人はそこまで追い詰められていないから大丈夫。
本当に「命の危険」を感じたなら、「でも〇〇」なって考える余裕は無いはず。何降り構わず命の限り逃げるからだ。本当はそのタイミングが誰にでもあるのに、そのタイミングすら逃すと自殺することになる。
自分に正直に生きよう。今その場からあなたが消えたところで、誰も困ることはない。自分の本音で生きたもん勝ちだよ。令和の時代は。
我慢の人生を当たり前と思っている人たちは、それが自分の人生を生きたことにならないと知った時、どうしようもない虚無感に襲われるのだろう。
雇われて働くことが必ずしも正解ではいことは、そろそろ気付いてもいいころなんじゃないかな。
どんなにその会社に尽くしたところで、やがて去る時が来る。そこから先は自分の名前で勝負しなければならない。
これは遅かれ早かれどんな人にも訪れる時間だ。


これを70歳間際で迎えるのって、相当過酷だと思う。体力もそうだけど、今さら新しいことにチャレンジして収入を得るって精神的にきつくない?
70歳以降も同じ業界で働ければいいけど、「ってそもそも死ぬまで働くのかよ(笑)定年とは(笑)」みたいなことも感じる。
だから定年制度って残酷だよね。一個人のサバイバル能力を限界まで削り切った段階で社会に放り出すんだから。


定年後にただ毎日を繰り返すのも変わり映えがなくて心が腐っていく気がするけど、現代の人ってそれまでに途方もない時間(約40年)をただ毎日繰り返して修正不能な状態になっている気が。
つまりただでさえ腐っている状態で放り出されてもそれ以上腐りようがなく、あとは朽ちて消えるのを待つだけなのかもね。
定年後の人生にフォーカスした記事は多い。「定年後、人生100年をどう生きるか?」などと。
その前に限界を迎えた現代の社会システムの中をどうサバイバルするかを説けばいいのに。
仮にこの手の「定年後どう生きるか」の記事を今の40~50代に向けて書いているのだとしても10~20年後の話だ。
毎日ルールが変更される現代社会で半年以上先の未来を心配したってあまり生産的ではない。
それなら自分の力で生きる力を獲得する方がよっぽど生産的だ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA