映画「JOKER」を観てきました。

先日ホアキン・フェニックス主演の映画「JOKER」を観てきました。場所はゴジラ像が鎮座する日比谷の東宝シネマ。
上映開始21時半の※IMAXという前日からネットフリックのせいで寝不足の私には中々ハードなスタイルで鑑賞しました。
※音響とスクリーンサイズが最高スペックのスクリーンジョーカーといえばバットマンの悪役。
ジョーカーはアメコミヒーローにありがちな超人的&反則的なパワーや能力で主人公を粉砕!するタイプの悪役ではありません。
むしろ単純な力比べならバットマンに瞬殺される単なる一般人です。ただし頭脳は相当キレて、狂気も人一倍深いです。
なのでそれだけで他の悪者と一線を画し従え、バットマンを翻弄します。今回はそんなジョーカーの前日譚(ぜんじつたん)。エピソード0といった内容です。
白状すると私はそこまでバットマンファンではないのですが汗、ジョーカーというキャラクターにはどこか気になるというか惹かれるものがありました。
そんなわけで観にいったわけですが、いろんな意味でズシーンとくる内容でしたね・・・このどんよりした感じは「スターウォーズエピソード3」を観た時以来です。
(これを言うとピンとくる人はピンとくると思います)
結局、最初から生粋の「悪」はいないのだと感じました。ジョーカーのような後々手の付けられなくなる常軌を逸するタイプのサイコパスは特に。
むしろ性欲と金欲にまみれたチンピラレベルの悪ならそれこそ力でねじ伏せることができます。でもジョーカーは違います。
作品は異なりますが、ダークナイト版のジョーカーは普通に大量の札束に火をつけていますからね。
彼の目的は混乱と混沌による秩序の破壊です。現状の政治や社会のシステムではどうにもならないなら、それ自体を破壊してしまおうというのが彼の哲学です。
この作品は今の現代社会にも何か通じるものがあります。誰でもジョーカーになりえ、大抵は誰もがジョーカーを傍観・嘲笑する観客です。
「JOKER」をあるヒーロー映画の悪役の物語ではなく1人のドキュメントとして観察すると、誰もが抱える闇が狂気として放出される瞬間のリアルを垣間見ることができるでしょう。
そんなお話でした。
■追伸現代人の多くはジョーカーとはまではいかなくとも彼と同様の不満や怒りを抱えているものです。
とはいえ犯罪は論外ですし、かといって黙っていても国や社会が生活を改善してくれるわけではありません。
だからこそ自分で何とかする力を獲得する必要があります。
そしてそれは今の時代、ネットの力によって誰でも可能になっています。

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