コロナウイルスは人間に何を気付かせるか?

コロナウイルスがもたらした余波は多種多様が過ぎてもはや列挙しようがない。
ただふと思ったのは、このコロナ騒動で仕事や生き方について考えされられた人は多いのでは?という点だ。
テレワークになったことによって、
・実はわざわざ会社に行かなくても仕事ができることが分かった
・実は会社内でいちいち同僚や上長とコミュニケーションを取らなくてもよかった
といったことに気づき始めた人がいる。
営業自粛になったことによって、
・実はそこまで社会に必要じゃなかった商売がある
・空気を読まずに営業を続ける馬鹿な業界がある
ということに気づき始めた人がいる。
外出自粛になったことによって、
・自分の生き方はこれでよかったのだろうか?
と考えさせられる人がいる。
コロナウイルスは本当にはた迷惑な存在だが、それぞれの人間にそれぞれの気づきを与えている珍しい存在でもある。
仕事、対人関係、生活。
何が自分にとって本当の満足になるのか、この期間によく考えた方が良いのかもしれない。

人生における幸福とは?

自分の人生、何が本当に正解なのかはわからない。
どれが「幸福」にあてはまるのかもよくわからない。
1つ確かなのは、人生はどこまでいっても自己満足の域を出ないということ。
誰もが羨むセレブになっても、本人に不満があるならそれは不幸な人生だ。
電気もガスも水道も無いような山で仙人生活をしていても、本人が満足ならそれは幸せな人生だ。
結局、本人がどこまで満足できているか、これに尽きる。
多くの人が「成功」や「幸福」のチケットと考えている富や名声も、本当に「幸せチケット」として機能しているか怪しいものだ。
例えば、まさにその「富」も「名声」もすべて手に入れ、世の女性の憧れとなっている「強い女性の象徴」、ココ・シャネル氏は、晩年になっても親に愛されなかった(孤児院育ち)であることに恨み節を漏らしていた。
果たして、彼女の人生は本当に幸せだったのか、疑問が残るところ。

結論。飽くなき欲を追え。楽しめ、人類。

「こうでありたい自分」を追求しよう。
日々満足しよう。納得しよう。
これを積み重ねていけば、死ぬ間際に「あぁ、もっと自分の好きなように生きればよかった」などとつまらない公開をしなくて済むから。
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