コロナ後の世界で伸びる人、伸びない人。

いつもなら新入生や新卒社員の気が盛大に緩み連休明けに差が露呈するゴールデンウイーク。
今年はゴールデンウイークではなくステイホーム週間と銘打たれている。
だから政府、各県レベルで「不要不急の外出をするな。とにかく家にいろ。出るな。あと自粛を無視するパチ屋は死ね」と叫んでいる。
緊急事態宣言が解除される(らしい)5月6日まで、12日間くらいの自宅待機要請。
それでなくとも1カ月ほど休校やテレワークの人はもう気が狂う寸前なのではないだろうか。
最初は臨時の休みやいつもと違うゆったりした働き方ができて嬉々としていたのが、だんだんと自分独りの時間が多いことへの、ある種の窮屈さを覚え始める。
やることが無くなるからだ。
ゲームも、マンガも、TVも、YouTubeも、一通り回していると飽きてくる。
そのうち気力すら無くなる。
(空気感的には)強制の自宅隔離。
これはある種の囚人状態にも思う。
今の日本人は、きちんと空気と世情を読んでいる人なら疑似的な囚人だ。
もちろん、社会を維持するために外に出て働かざるを得ない人は除く。
それ以外は、外に出ないことが社会を維持するための措置になる。
囚人といえど、いずれは「シャバ」に出ることになる。

ここからは本当の囚人の話をする

シャバに出た時に、そのまま社会復帰する元囚人と再犯して再びムショ暮らしに戻る「続投組」の差は何か?
それはまさに、囚人時代に孤独の時をどう過ごしていたかに出る。
例えば黙々と読書にふけり知恵を付けた人間は資格を取得して社会に出たりする。
例えば与えられた作業だけ嫌々こなし何も考えず過ごした人間は、塀の外に出た後も犯罪以外の過ごし方を知らないので再び塀の内側へ舞い戻る。
ちなみに囚人暮らしの中で自分を極限めた先の可能性は無限だ。
本人の意思次第だが、例えばマンデラのように大統領になった人もいる。
27年に及ぶ彼の獄中生活を精神的に支えていたのは、同じく強制収容所で15余年の生涯を閉じた「アンネの日記」だった。
または吉田松陰のように(彼の場合は獄中で人生の幕を閉じたが)、次代のリーダーたちを育成することだってできる。

独りの時にあれこれ考えて、何かレベルアップできたかの差

この前代未聞の巣ごもり期間は、後に全世代へそれぞれの格差をもたらす。
学生なら学力格差、社会人なら能力、出世、総じて収入への格差だ。
ほぼ有り余る時間を娯楽消費に捧げるのか、1日の少しの時間でも自分の進化のためにトレーニングや学びに使うのか、この積み上げの差がシャバに出た時に露呈する。
明日も高確率で存続する自分の人生を楽しむためには、結局のところ自分が成長するしかないと気づいた人が、アフターコロナで適者生存の権利を得るだろう。
そんなお話。
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