アフターコロナで残る仕事。

なぜだか、「コロナ 残る仕事」でのアクセスが多い。
「自分の仕事は大丈夫だろうか・・・?」と不安になっているのかもしれない。
「コロナ 残る仕事」で検索する心理には、コロナ禍によっていくつかの仕事や職業が消滅するという前提がある。
確かに新型コロナウイルスの登場によって全方位の業界が打撃を受けたわけだが、地震や火山の噴火といった物理的ダメージは無い。
土地、建物、自然環境ともに良好だとすれば、もういっそ開き直って最低限の予防を徹底した上で「コロナ前」と同レベルの生活に戻せばいいのに、とも思う。
コロナの精神的な棚上げだ。
私たちはコロナだけに熱い視線を送りながら生きるわけにはいかない。
学業、仕事、家事育児、それぞれ今の人生で向き合わなければならない課題が山積みのはず。
だとすれば、コロナはコロナで放っておいて今の人生に集中した方がいい。
なんていうと怒られてしまうのだろうか。でもこれは本心だ。
ところで、形式的に「コロナで残る仕事」という趣旨で調べてみると、おおよそ次のような見解に出会う。

コロナで残る(=成長する)仕事


・医療、医薬品
・各種オンライン産業(Eコマース、サブスクリプション、ゲーム、学習系サービス)
・デリバリー(ウーバーイーツなど)
・リモートワーク周辺サービス(オンライン会議、PCなどのテレワークインフラ)
・スーパー、コンビニ、ドラッグストア
一連のコロナ騒動を見ていれば、上記の結果も「まぁそうだろうな」と納得できる。
日本の企業がどこまでリモートワークやらテレワークといったものについていくかは謎だが、少なくとも世界的な潮流にはなりつつある。
(テレワークを基本とする法整備を進めている国もあるくらい)
一方、コロナで現実的に苦境に立たされる業種はというと、
・観光業各種(ホテル、旅客運送)
・飲食(外食産業)
・イベント、セミナー
・実地(店舗)型の各種サービス業
など。
無論、開き直ってしまえばこれまで通り営業できるのも確か。
事実、緊急事態宣言が解除されてからは「3密上等」とでも言わんばかりに普通にオフラインでセミナーを開催している企業もある。
個人的な予測では、何となくコロナへの気遣いが曖昧になってそのうち元に戻っていくのではないかとも思う。

オンライン産業への再注目


今さらインターネットの便利さを語るまでもないが、コロナ禍を受けて改めて再注目されている。
オンラインできちんとビジネスを作れば、
・場所代がかからない
・交通費がかからない
・完全自動化すれば契約書ベースの従業員すら不要(最低限の外注のみ)
・自動化すれば24時間365日、全国、全世界的にビジネスができる
なんてことになる。
1990年からインターネットが世に出始めて、30年経ってやっと気づき始めた。
「インターネットは便利である」と。
なんだかふざけているように見えるが、むしろふざけているのはこれまでの世間の方だ。
当たり前のように満員電車で通勤し、とりあえず決められた時間は会社や外回りで過ごし、給料をもらっていた。
本当は集中すれば2時間もかからずに終わる作業を無理やり8時間に延ばしていた社員は少なくないはずだ。
どれだけ無駄な時間を過ごしたのか、これこそ失われた30年ではないか。

定期的に起きる「有事」への備え


これまで頑なに変わらなかった社会が、コロナを経て変わろうとしている。
変化の波、そのきっかけは確かに起きた。
接触を避けた仕事や学業が少しずつ普及するだろう。
もちろん、ある程度コロナ感染を抑制できるようになったら、コロナ前のような姿も見られるようになるが、それはまだ先の話。
今のトレンドは間違いなく、「リモート(オンライン)」で事を進ませ、済ませることだ。
さらに、リモート環境が普及し身体が拘束されない時間が増えれば、思考面にも影響してくる。
例えば社会人なら、「会社に行かなくていい時間が増えたから、何か新しいことを始めたい」などどいったように。
この新しいことには、趣味や副業、新しい分野への学びが入る。
それらが高じて新しい仕事に挑戦したり、または創り出す人も出てくるかもしれない。
社会がまた一歩踏み出せるかもしれなチャンス到来だ。

ただし、人間は現状維持が好きな生き物である


ことも忘れてはならない。
これは生命を維持するために組み込まれた恒常性(ホメオスタシス)によるものだ。
生命を維持するために最も大切なのは、現状で生命を維持できている環境や方法論を今日も明日も明後日も続けること。
特に野放しの自然界ではこれらを変えてしまうと、もしかすると死んでしまうかもしれない。
思い切って住処(すみか)を変えた先が天敵だらけだったら一発アウトだ。
だから維持する。
恒常性とは、何万年という途方もない時間の中で我々が獲得したサバイバルノウハウ。
ただ、ある程度安全が保証された現代では単なる「現状維持大好き人間」でしかないことにも注意。
私たちは幸い、セキュリティ完備の建物で過ごし、法律で権利や生命身体が守られている。
後は個人の心がけ次第で、平穏無事に生きることができる。
つまり人は、今だかつて無いほどに自由と挑戦する権利を与えられた環境下で生きていることになる。
そこに気づけていない人は、今日も満員電車に乗って出勤しているが・・・。

「時代の切り替わり」はきちんと発生する

過去を振り返れば、産業革命、金融革命、情報革命、そしてその時々の天災によって社会は変わることを余儀なくされた。
それは「流行の変化」といった「ぬるい」ものではなく、社会のルールそのものを変えなければならない要素を伴って発生する。
今回のコロナ禍も、まさにそうした変化を私たちに突きつけるものだ。
この変化に、個人、企業としてどのように立ち向かうかが「次の社会(with コロナ)」での優位性を決めるだろう。
これはそんなお話。
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